2011年度公開講座

2011年10月 8日

2011年度言語文化研究所公開講座を下記の通り開催いたしました。

テーマ ウェルギリウスとホラーティウス―黄金時代をつくった二人の詩人

 紀元前一世紀後半は、一般にラテン文学の黄金時代と称されます。その代表的な存在が、ウェルギリウス(前70年~前19年)とホラーティウス(前65年~前8年)の両詩人です。この講座では、第一人者の研究者の方々をお迎えして、両詩人の作品について様々な角度からお話いただきます。

■10月1日(土)14:00~17:30
演題:ウェルギリウス『アエネーイス』―人を大切にすることがなぜ人を傷つけるのか―
講師:高橋 宏幸(京都大学教授)

 ウェルギリウスが綴ったローマ建国叙事詩『アエネーイス』の主人公アエネーアースはピエタースにすぐれる英雄とされる。ピエタースは自分との関係の強さに応じて相手を大切にする美徳である。英雄は、しかし、自分の窮地を救ってくれた(つまり、恩義という重い関係を結んだ)カルターゴーの女王ディードーを結果的に裏切り、自害に追い込む。そればかりか、女王が死の間際に吐いた呪詛は英雄(と彼の後継者たち)が使命とする「ローマ建国」に大きな影を投じる。そこに表現されているものは何か、作品の前半の展開を中心にお話しします。

演題:ホラーティウスと酒
講師:逸身 喜一郎(東京大学名誉教授)

 ホラーティウスと酒、といっても、ホラーティウスが酒飲みであったか否か、あるいはホラーティウスはどの銘柄を好んだか、といった、彼の伝記をたどるつもりはない。ホラーティウスはどのような酒の詩を書いたか、もっと正確にいえば、彼の詩の中で酒はどのような小道具になっているのか、それを吟味するのが目的である。酒の銘柄―上等な酒か質素な酒か―や飲み方にも、メッセージが託しうる。
 李白やルバイヤートのように、古来、酒は詩に歌われてきた。しかし酒の機能のうち、酩酊をもたらし感情を解放するという点にかぎっても、それらとホラーティウスとは同じではない。ひとつ例をあげれば、ホラーティウスはひとりで酒を飲まない。酒は多くの場合、喜びを友と共有するきっかけなのである。あるいは酒はしばしば、人生の短さへの想いと通じ合う。しかしホラーティウスはそこに憂いを見いださない。

■10月8日(土)14:00~17:30
演題:ウェルギリウスとアルカディア(人)
講師:日向 太郎(東京大学准教授)

 ウェルギリウス『牧歌』において、アルカディア人は優れた牧歌文学の担い手として、アルカディアは牧歌の聖地として際立っている。また、ローマ建国の歴史を扱った叙事詩『アエネーイス』において、アルカディア人は将来ローマとなる地にトロイア人よりも先に移住し、主人公アエネーアースの建国を助けたことになっている。年代的に上記二作品の間にある『農耕詩』は、アルカディアへの言及をさほど多くは含まないが、第4巻において蜜蜂再生のふしぎな技術を発見したアリスタエウスは「アルカディアの牧人」と称されている。本講演では、以上のような三作品におけるアルカディア(人)の重要性に着目し、「アルカディア」という名辞についての考察に基づいて、ウェルギリウスの詩想の発展を跡づけてみたい。

演題:詩と詩論―ホラーティウス初期作品に見る詩作意識
講師:大芝 芳弘(首都大学東京教授)

 抒情詩集『カルミナ』を代表作とする詩人ホラーティウスは晩年には詩作の問題を論じた詩『詩論』を書いたことでもよく知られているが、彼はその詩作 活動の当初から、作品中で詩作に関わる問題に触れる場合が少なくない。今回は初期作品である『エポーディ(イアンビー)』と『サトゥラエ』の中からこうし たいわば詩論的な問題に関わる箇所を取り上げて、詩作に関する詩人の意識がどのようなものであったのか、ということを考えてみたい。

コーディネーター:小池 和子君(言語文化研究所准教授)

●会場 慶應義塾大学 東館6階 G-SEC Lab
●受講料:無料
●申 込:不要(直接会場にお越しください)会場:慶應義塾大学三田キャンパス